硬派の宿命・野望篇

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Zeiss-Opton Biogon 1:2.8 f=35mm T

先日入手したオプトン・ビオゴン35mmを取り敢えずカラーネガで試写してみた。以下の画像はごく普通のDPE店でCDに焼いて貰ったものでリサイズのみの無調整。

FH000018.jpg


FH000004.jpg


FH000014.jpg

同プリのカラーネガであれこれ言うのもどうかとは思うが、一応感じたことを。
評判に違わずきりっとシャープな描写。かといって暗部が潰れてないのがすごい。ここにUPした写真にはないが、空のブルーやこの時期の樹々のグリーンの鮮やかな発色が、なるほど、よく喧伝される所謂「ツァイスらしさ」なのかも知れない。近年の国外OEM物にまで受け継がれている発色と抜けの良さというか、確かに同時代のライカレンズとは印象が違うと感じた。

だが、逆光状態ではかなりしっかりしたフードを取り付けたのだが、盛大にフレアが現れてしまう。F8まで絞り込んでもこうだ(写真2枚目)。よく見ると真っ白い被写体もまるでぼわっと発光している様にうっすらとハロが出ている。果たして本来の性能か、それとも個体差か、はたまた経年劣化故の産物か。

こうしたオールドレンズ故の欠点を無理矢理「味」と言ってしまうのだろうが、個人的にはそんな部分を強引に逆手に取って強調するような使い方はあまり好みではない。
何故ならば、以前出入りしていた建設関係の企業に写真部というのがあって、よく階段の壁に部員の作品を展示していたのだが、大概重役クラスのジイさん連中が高価なハッセルだのライカだのを使って撮影し、こぞって出展している写真がこんな風にフレア出まくりでやたらボケの効果を多用したホワホワなポートレートだったりしたからすごく印象が悪いのである。そういうのって非常にあざとく爺臭せえ前時代的美意識だなあ、と思う。
やはり、良く写るレンズを素直に使うことに越したことはないのだ。私の場合は。

しかし、古今東西いろんなレンズの描写を体感することは、私にとって本業の為の勉強にはなっている(完全に否定はしないが、物質欲を満たしているだけじゃないんです)。
作品のマテリアルとして自身が撮影した写真を使用するという作業工程的な部分のみでなく、単純に目の肥やしになるのだ。実際、写真を本格的に再開したここ10年ほどで、視界に入るものに対する意識ががらりと変わったのは間違いない。
単にだらだらと接するのではなく、明確な目的意識を持ってひとつ事を遂行すれば、自ずと感覚的な知識が徐々に体内に堆積されてくるものなのだと今は強く感じている。

いい写真が撮れると、これに負けてたまるかい、という気分にさせてくれる。ものを作ろうとする精神を鼓舞してくれる。写真とは私の大切な趣味であり、また本業の良きライヴァルでもあるのだ。

近々、ポジを使ってオプトン・ビオゴンの実力をじっくりと測定してみようと思う。

続きを読む »

スポンサーサイト

いわゆる週末の行動とでもいうか

今月中に仕上げる予定で進めていた作業だが、やはりもう少し時間が掛かりそうだ。

何せ作品の為のモデル撮影が連日の冴えない天候の為になかなか捗らない。その上モデルが本業の方が忙しくなってしまい、スケジュールは順延に次ぐ順延。

だが、それでもあと一週間以内にはケリを付けるつもりだ。でないと次に進めなくなる。

-----

土曜は、二月に銀座で開催されたグループ展に出品した時に知り合ったイラストレーターの長澤星さん、とむ・くる~ぞ~さんの参加されている展示会を観に深川の「ギャラリーコピス」へ。

映画をテーマにした作品群を閲覧しながら「俺だったら何を取り上げようかな~」なんて考えた。その刹那、44マグナムを持ったハリー・キャラハンと、頭にハチマキを巻いて自らのこめかみにリヴォルヴァーを突きつけているロシアンルーレットの真っ最中なクリストファー・ウォーケンの姿が脳裏に「ぽっ」と交互に浮かんだのであった。

嗚呼、三つ子の魂百まで! 雀百まで踊りを忘れず!(古館の絶叫調で読んで下さい)。

その後、持参したミレニアムS3+新ビオゴンで深川の街をしばしスナップしながら歩く。帰りに銀座に寄って菊水でタバコを買って帰る。

日曜は家で一日中これを読んでました。充実の一冊。感想また後日。

kari012.jpg
G SPILITS VOL.12「特集」アントニオ猪木vsモハメッド・アリ

永遠のつがい

今朝のニュースで真っ先に目が付いたのがマイケル・ジャクソンの死亡記事であったことは、おそらく多くの皆さんも同様だったと思う。

そんな大物が逝去した同日、ひっそりとファラ・フォーセットが亡くなったという。
末期癌の闘病中で、長年連れ添ったライアン・オニールからようやく求婚されたなんて報道を数日前に伝え聞いてはいたが、あっという間に天に召されてしまった。

今の若い人はファラ・フォーセットという名前を聞いてもピンとこないであろうが、我々のような70年代末~80年代初頭に心もアソコも多感な中坊期を過ごした野郎どもにとって、それはそれは特別な存在だった。初代『チャーリーズ・エンジェル』の一人でもあったし、内外の男性総合誌の表紙やグラビアにも頻繁に登場していた。

最初に彼女が闘病中だという報を知り、まず思い浮かんだ顔は、一時期彼女の亭主だった『600万ドルの男』ことリー・メジャースであり、彼が哀しみに堪えながら深紅のジャージを着て空港のカタパルトの上を全力疾走している姿だった(無論スローモーションで)。
何せ私が彼女を初めて知った時の芸名は「ファラ・フォーセット・メジャース」であり、ダンナはあの『600万ドルの男』!という事実が今も頭の中に固定されている。現在の両者の関係はまったくわからないが、最早そこにはライアン・オニールの存在など微塵もないのである。

同様なことが、范文雀さんが亡くなられた時にもあった。
真っ先に頭を過ったのは「今、元亭主の寺尾聰は、この現実に何を思う?」だった。
倍賞美津子さんが癌で闘病していた事実を知った時も、猪木の心境を察するだけで辛い気分になった。それは決してショーケンではなかったのだ。

このように、現在は当人たちにしかわからない複雑な事情があって別離してしまった男女でも、周囲の人間から見れば華やかだった頃の二人のイメージが心の中に焼き付いて離れない。理想的な「永遠のつがい像」とでもいうか。これはタレント業の宿命だろう。
両者の事情はともかく、たとえ憎しみ合う関係になってしまっても、書類上では赤の他人になってしまっても、わずかでも心の中では通じ合っていて欲しい...なんて思ってしまう。

まあ、あくまで他人の甘く勝手な思い込みでしかないのだが。



デザインを変えてみました

閲覧者の方から「文字が小さくて読みづらい」というご指摘がありましたので、当ブログのデザインをチェンジしてみました。

エントリータイトルのバックのデオキシヘモグロビン色は旧角川文庫の大藪カラーにちなんでチョイスしました...「俺の血は俺が拭く」。

正直、既成のテンプレなので100%満足してはおりませんが、折角書いたものを「読みづらい」という理由で敬遠されてしまうのもシャクですから。つまらん事で突っ張っても仕方がない。こういう所は意外と素直なんですよ。
まあ、それ以前に「内容がツマラン」と思われてしまったらその限りではありませんが。相性というものは難しいですね。

近況。
今週前半は体調を崩してなかなか作業が捗りませんでした。
来月までズレ込みそうだな、これは。


<追記>

やはり、デザインがしっくりこない。どうも寝ている時も気になっていたようだ。
おかげで朝起きてすぐに仕事部屋へ直行してPCの前へ行き、黒バックに拘らず既成テンプレをざっと探してみたところ、まあまあというものを発見。再度チェンジしてみました。今度はシンプルな白バック。

こういうの、一度気になると納得するまでトコトンやってしまう。なまじカスタマイズやサイト構築の知識なんてあったら大変なことになりそうだ。
つくづく、何事にも徹底してしまう性格が厭になる。純デザイナーを生業としなくてよかったと心底思う(自分にとっては非常に心と身体の健康に悪い職業だ...経験済み)。

ペリカンオーバードライブ

今年のSUMMER SONIC 09の出演者投票に、友人のバンド「ペリカンオーバードライブ」が現在エントリーしています。

ボーカル&ギターの増岡(佐賀出身)は20代の終わり頃に高円寺近辺で連日馬鹿みたいに酒を呑んだ仲だったんだけど、今も旺盛にステージに立ってギターをかき鳴らしながら唄っている。自分もついこないだまで「真剣」にアマバンやっていたから、こういう連中はつい応援したくなってしまう。

共通の友人でもあり、一時期彼らの活動をアシストしていたライターの河田拓也氏からのエールを彼のブログから転載しておきます。近くに居た人間ならではの、良い所も悪い所もひっくるめての愛情が溢れた文章。

-----

友人達がやってるペリカンオーバードライブというバンドが、サマソニに応募しました。
マージービートから、ニック・ロウ、デイブ・エドモンズといったパブロック勢、それに僕も大好きなプリテンダーズあたりのセンスを受け継いだ、王道ブリティッシュビートな骨っぽさで人懐っこいメロディを歌うバンド。

ただ、こういうバンドにありがちなことなんだけど、エゴの強いリーダーやフロントマンがいない「全員がセカンドマン」な体質で(実際、メンバーの2人は元ポテトチップスやディープアンドバイツどいった「バカロック」勢のセカンドマン出身)、シーンや世の中に強引にアピールするような野心がまるでない。
かといって、マニアックなジャンル意識を前面に出すこともしない。
毎月のライブを楽しんで、競演バンドと良いお酒を飲めれば満足って姿勢で延々やってきて、いつの間にかみんな四十路過ぎ…という「リアルパブロッカー」を地で行くマイペースぶり。
それで本人たちはまったく問題な無さそうなのが、傍目には歯がゆいところで(余計なお世話ながら…)。
音楽がお金にならなくて、だから色んな音楽がバラバラに放置されてるようなこういうご時勢だと、彼らみたいにはっきり「色」を打ち出さず、理屈抜きに歌って演奏するだけってバンドは、却って新しいリスナーに見つけて貰いにくい。だからこそ、今回の気まぐれな応募は千載一隅のチャンスだし、この際本当に出演してほしいと思う次第。
身内びいきとかまったく抜きに、涼しい顔で無茶苦茶かっこいいロックンロールをやる最高なバンドなので、一度LIVE画像観てもし気に入ったら是非投票よろしくお願いします。

-----

↓肝心の音源はこちらで。今回改めて聴いたけど、いいですわ、かなり。

MySpace

投票は一日一回、毎日出来るみたいなので、もし彼らの音や映像を観て何か感じられた方は是非とも美しき一票を。投票ページはこちら↓

出れんの!? サマソニ!?(ペリカンオーバードライブ)

ircle『TINA』

告知です。

デビューEP『未来』から、私がジャケット・ワークを手掛けさせて貰っている「ircle(アークル)」が、8月5日にミニアルバム『TINA』を発売することになりました。

本アルバムはすでに発表している音源をリマスターしたもので、デビュー以前に(当時18歳!)彼らがここまで完成された曲を作り演奏していたという事実に正直驚いています。

また、前回のEP『未来』の時のように九州地区のタワーレコード限定&通販のみでなく、全国の各CDショップでの取り扱いとなりました。 お近くのショップにてお手に取ってみて下さい。
尚、タワレコでは7月29日先行発売となってます。

是非一人でも多くの方々に彼らの音楽を体感して頂きたいです。

_09_ircle_jacket_tina_300.jpg

ircle
2009/08/05 debut mini album『TINA』on sale!!
KACR-1008 / 1,500円(tax in)

01.Honesty
02.世界を観るには程遠い
03.狂走曲
04.この指トマレ
05.910(Classic Jurassic)

・HP
・MySpace
・audioleaf

敗戦国の誉れ

先日、格安入手した再生産S3に装着するレンズを購入した。
折角のS3ということもあり、私がレンジファインダーを使用する際に最も好んでいる35mmの画角に拘った。当初は純正のニッコールF1.8辺りを候補にしていたのだが、たまたま店頭に出物があったのでオールド・コンタックスの戦後型ビオゴンに決めた次第。実は以前から使ってみたい1本だった。

L1010441.jpg

「Zeiss-Opton」名義のこのレンズは、第二次世界大戦終結後の東西に分断されたドイツのカール・ツァイス財団の西側に設立された「ツァイス・オプトン社」によって1951年より製造が開始された。
戦前は、後の東側に位置するイェーナにあった世界最先端の光学メーカーのカール・ツァイスだが、敗戦によりソ連の統治下に置かれる直前にアメリカ軍の手によって多くの優秀な技術者を西側へと移送させ(「欲しいものは絶対に手に入れる」という、実に彼の国らしい強引なやり方である)「ツァイス・オプトン社」として再建。以降も世界最高峰の光学機器の生産を存続することになる(後に「カール・ツァイス」に変更)。そして89年のベルリンの壁崩壊によって、国家と共に両社は再び統合された。

片や、日本のニコンも同じ大戦によって翻弄されたメーカーだった。
第一次世界大戦中に三菱の資本によって設立された「日本光學工業」は軍需メーカーとして躍進していたが、太平洋戦争の終結に伴い民生品の生産へとシフトせざるを得なかった。
当初はカメラ生産のノウハウもなかったそうで、ライカやツァイスという世界に名だたるメーカーの製品を参考にし、当時の技術者による研鑽の結果、海外のフォトジャーナリストたちにその品質や性能を認められ、日本の高度経済成長期を支えるほどの世界に名だたるカメラメーカーとなり現在に至る。

戦前・戦後のツァイスの「Contax」と当時のニコンの「Sマウント」は装着する分には互換性がある。厳密に言えばフランジバック(レンズのマウント面からフィルムまでの距離)の僅かな違いで長焦点は使用不可だが、広角~標準レンズはまずまず問題ないらしい。

ある意味、この組み合わせは邪道かも知れないが、自分はやってみたかったのだ。

敗戦によって運命を弄ばれた二つの国の二つの会社。戦後の激動の転換期に彼らが生み出したものが、今私の手の中でひとつになり、いつ何時でも撮影可能な状態で佇んでいる。

増位山という好漢



ある意味、増位山(現・三保ヶ関親方)は男性として完璧な存在と呼べるかも知れない。

親子二代で最高位大関という血統の良いスポーツ・アスリートでありながら、美声の持ち主でプロ歌手としてヒットまで飛ばしてしまう始末(高音の鼻にかかったビブラートがセクシーでたまらないのだ)。
絵の腕もかなりのものだそうで二科展の常連、そのハンサムなマスクで女性にもモテる。反面、重度のカメラコレクターという実に男の子っぽいオタク的趣味も併せ持っているという厭味を感じさせないバランスの良さ。現在は協会の重職に就き親方業も盤石。

彼の数々の輝かしい功績のうち、果たしてどれだけの男たちがその内のひとつでも成就させることなくそれぞれの生涯を終えることであろう。

これは現衆議院議員の馳浩にも言える。
教員→レスリングで五輪出場→プロレスラー→国会議員、カミさんは大作家の娘
という華麗なる経歴。

...しかし一人の男として、こうしたバランス感覚が逆に物足りない。有り余る栄光を手にした男なのに。
多くの男性たちが魅力を感じる男とは、やはりどこかタガが外れた「俺にはこれしか出来ん」という不器用さと居直りを持ったバランスの悪い者たちなのだろうと改めて思う。わかり易い信念の強さというか。

だが、増位山の美声は今後も聴き継がれるべき魅力に満ちている(少々強引な締めだが)。
屈強な男が水商売の女の心境を切々と歌うというコントラストが好きだ。

どてらい男

小学生の頃の愛唱歌でした。ドラマの内容も素晴らしかった(特に軍隊時代のエピソード)。
立身出世する為にはこれだけの労苦を伴わなければならないのか、とても俺には無理だ、なんて思いながら観てましたね。チ◯毛も生えてない小僧が。



祖母が大阪出身、叔父(父の弟)が社会人になって以降ずっと大阪在住、自分も父の仕事の都合で2才から小学校に上がるまで市内に住んでいた故か、大阪弁にはまったく抵抗がありませんでした。現在でも関西出身の人と一緒に2日も過ごすと影響されて自然とあちらのイントネーションが移ってしまう程です。

それにしても当時の周囲の東京人たちの関西弁に対するアレルギーは凄まじいものがありました。何故そこまで抵抗感を感じるのだろうと不思議でしたが、むしろ関東地区に於いては私のような人間の方が稀だったのかも知れません。

今の30代半ば以降の方々は明石家さんまやダウンタウンの東京進出で違和感が殆どないみたいですが。むしろ近年は生粋の東京弁(標準語に非ず)の方がどんどん廃れていってるようで寂しい限りです。

孤独の旅路

間髪入れず、昨日から新たな作業に入りました。

今月いっぱい掛けてこの仕事が一段落したら、いろんな意味で仕切り直ししなくてはなりません。
これまで想像すらしなかったこの先に見える未踏の領域を前にして「やってやるぜ」という勇ましさと同時に、不安と恐怖で何処かへ逃げ出したい気分も正直あります。

そんな時に励ましになるのが、孤独なる先人たちの行動の一挙手一投足や、彼らが創り出した言葉や音楽たち。これまで彼らが「そういうの、お前一人じゃないよ」と語りかけてくれたから、今の自分が存在出来ているようなものです。

しかし自分の場合、これは断じて感傷じみた「持たざる者たちの共感」的なものではなく、もっと物理的な「栄養」と言った方が正しいかも知れません。



 | HOME |  »

■ プロフィール

泰山 / TAIZAN

Author:泰山 / TAIZAN
I'm a man.
I'm just an average guy.

■ 最新記事

■ 最新コメント

■ 最新トラックバック

■ 月別アーカイブ

■ カテゴリ

■ RSSリンクの表示

■ RSSリンクの表示

■ 検索フォーム

■ RSSリンクの表示

■ ブロとも申請フォーム

■ QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。