硬派の宿命・野望篇

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ふるえながらのぼってゆけ

数年前、10代の頃からの付き合いの友人Yと久々に会い、その時に初めて一緒にカラオケボックスへ行ったのだが、初っ端に彼が選曲したのが中島みゆきの「ファイト!」だった。

実はその瞬間までこの曲の存在をまったく知らなかった。
とにかくこの夜は歌詞の内容のインパクトと、それを独特な飄々としたキャラクターのYがチョイスして唄うという絶妙なシチュエーションの破壊力にやられ、ボックスのシートからずり落ちそうになったのを記憶している。そして次の瞬間、他の参加者共々、腹を抱えて爆笑したのだった。

Yは当時、結婚披露宴というハレの席上にあっても、タチの悪い上司から業務の成績の悪さを当て付けのようにスピーチされる程にうだつの上がらない不動産の営業マンだった。そんな不甲斐ない自分に檄を飛ばすかのようにとつとつと「ファイト!」を唄う彼の姿は印象的だった。

そんなあいつも、今では2人の子供の父親である。

しかし改めてこの曲を聴いてみると、実に素晴らしい詞だ。昨夜このライブ映像を観て不覚にも涙腺が緩んでしまった。笑いたければ笑ってくれ。
Yよ、今もこの曲はお前の中で鳴り響いているのかい?



あたし中卒やからね 仕事をもらわれへんのやと書いた
女の子の手紙の文字は とがりながらふるえている
ガキのくせにと頬を打たれ 少年たちの眼が年をとる
悔しさを握りしめすぎた こぶしの中 爪が突き刺さる

私 本当は目撃したんです 昨日電車の駅 階段で
ころがり落ちた子供と つきとばした女のうす笑い
私 驚いてしまって 助けもせず叫びもしなかった
ただ恐くて逃げました 私の敵は 私です

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
光ってるのは傷ついてはがれかけた鱗が揺れるから
いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
やせこけて そんなにやせこけて魚たちのぼってゆく

勝つか負けるかそれはわからない それでもとにかく闘いの
出場通知を抱きしめて あいつは海になりました

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

薄情もんが田舎の町にあと足で砂ばかけるって言われてさ
出てくならおまえの身内も住めんようにしちゃるって言われてさ
うっかり燃やしたことにしてやっぱり燃やせんかったこの切符
あんたに送るけん持っとってよ 滲んだ文字 東京ゆき

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

あたし男だったらよかったわ 力ずくで男の思うままに
ならずにすんだかもしれないだけ あたし男に生まれればよかったわ

ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく
諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ
ファイト!

眼力(経験値とセンスの均衡性)

長年生きていると、次第に自分の嗜好がはっきりしてきて、身の回りに配置すべき最適な対象が段々と絞られてくる。

こうした状態を、単に年を取って保守的になったのだと受け取る向きがあるだろうが、少なくとも私の場合は違うと断言できる。すべては長い年月を経て磨いてきた(つもりの)選定眼によって振るいに掛けられた結果だからだ。そこには確実に能動性が機能している。

だが、思わぬ角度から飛び込んでくる極上な未知の対象もある。
こういうものを何時でも受け止め咀嚼できるような柔軟さと度量を持ったセンサーもまた一方では、常にぴかぴかに磨いておかなくてはならないだろう。

従うこと、抗うこと

前回のナイフで指を切ったという記事、実は「アーティストの破滅的な生き方やドラッグ癖といったものを安直に真に受けてしまう者たち」に対する暗喩だったのだが、もしそう受け止めて頂けなかったとすれば、それは単に私の筆力の足りなさなのだろう。

まあ、このところ世間は芸能人のドラッグ濫用の話題で持ち切りである。
しかし、何でドラッグなどやるのだろうか。

私のように、長年背負っている"爆弾"をコントロールする為に仕方なく薬物(無論、医師に処方して貰っている合法的なもの)を服用し続けなくてはならないような人間にしてみれば(軽くカミングアウトしてますが)わざわざ健康体に毒を盛るような真似をする輩は阿呆としか思えない。
これは酒やタバコもしかり。これらは現在どうしても摂取しなけらばならない理由があるから体内に入れているので、出来ればこうしたものに依存しない環境や精神状態でありたいし、徐々にそういう方向へ自分を持っていきたい。

一昔前は芸術家やミュージシャンがよく「自身の表現力の幅を広げるため云々」なんて常套句を使っていたが、こんな戯れ言をいまだに信じてるような低能な人間は最早皆無だと思っている。そもそもそんな外的要因に創造力を託している時点でそいつはすでに表現者として終わっている。

最早、特別に創作活動を生業としているわけでもない一般層にまでドラッグが行き渡っているのが現実。要するにクスリをキメる真の理由は"快楽追求"や"現実逃避"というファッションであることは明白なのだ。そこには前出のようなご大層な芸術家たちの大義名分を当て嵌める余地など皆無である。
それならそれで、やりたいやつはせいぜい闇社会の人間を肥え太らせる為の助力をし、勝手に濫用して自滅すればいい。その代わり近親者や周囲の人間たちに迷惑を掛けないようにしてくれ。

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これまで椎名林檎という人とその創作物に対してはあまり興味がなかったのだが、最近の彼女のインタビューを読んで感心した次第。以下引用。


私は自分のことをロックスターだと思っていないのに、当時リスナーの方から“ロックスターとして、どんな風に若死にするのか楽しみだ”っていうような内容のお便りをいただくことも多くて(中略)
でも、私、ロックスターじゃないし、ドラッグもやらない普通の人間だからっていう(笑)。自分のアドレナリンだけで絶対生き抜いてやるって思ってますから。それがいかに新しいか、それを立証しなければいけないっていう使命感がものすごくあるし、ヘルシーで格好いいものもあるんですっていうことを声高に言いたいです。
http://magazine.music.yahoo.co.jp/pow/20090623_001/interview_001



「運命に従うのも運命、運命に逆らうのも運命」
この記事を読んで、ふと大藪春彦の言葉を想起した(そういえば彼女の叔父さんは、角川文庫版大藪作品の装丁を手掛けていた故・辰巳四郎氏なのだ)。

ジャック・モンジャン

キース・リチャーズがプライベートで愛用しているフォールディングナイフ「ジャック・モンジャン」。あのエルメスにも納品しているというフランス製の優美なハンドメイドナイフである。

私も彼のものとまったく同じ仕様(柄が水牛の角で出来ている"ヤタガン"というモデル)&同サイズのタイプ(ナイフを持っている写真や映像を凝視して該当する大きさをカタログから割り出した)を所有している(無論、「銃刀法」に抵触するので絶対に戸外へは持ち出さない)。

ぼさぼさの髪、白シャツにベスト、スリムジーンズにスウェードのブーツ、スカルリング等のファッション。かったるそうなしぐさやステージ上での派手なアクション。ジャック・ダニエルズとマルボロを欠かさない。ドラッグに手を出す。5弦オープンGチューニング。まったく同じギターを収集する...など、こうした分かり易い領域でキースからの影響を受けている御仁は世界中にゴマンと居ると思うが、おそらく彼が愛用しているナイフにまで注視している者は極めて少ないと思う。

そもそもネット上にも文献にも、これまでこの件に関して触れた資料を見た試しがないので、自力で調査する以外になかった。これには大藪春彦関連の資料で得た世界のナイフメーカーの知識が物を言った格好。どこでどんな情報が役に立つかわかったものじゃない。

下のPVで御大の華麗なるナイフさばきがちょこっと見れます。
(2:28~2:34辺り)




で、昨夜。何の気なしにキースの曲芸を真似て、ナイフの開閉リングに人差し指を突っ込んでぶるんぶるんと振り回していたら、その勢いで刃が親指の関節部分に直撃してざっくりと皮膚を切ってしまった。
購入時のままできっちり刃付けしていない(所謂"ペーパーナイフ"状態)にも関わらず、さすが刃物。使い方を誤ると実に危険な道具である。

L1010770.jpg

傷口からじわじわと滲み出す血液...先日の指先炎上に続く右手の災難。
これを自分の「芸」として身に付けるにはもっと修練を積まないとイカンな(おそらくキースもこれまで相当指を切ってると見た)。

皆さんはこんな莫迦なマネをするのは止めましょう。

ircle『TINA』全国発売

さて、ircleのミニアルバム『TINA』、いよいよ本日5日より全国発売です。
そこで今回は彼らのプロモ用ショートvideoをリンクさせて貰いました。

TINA


未来


今年2月に九州地区限定で発売されたデビューEP『未来』も併せて全国発売されます。どちらもサウンド&ビジュアル共に渾身の作品です。

ナイーヴの奴隷

こと「ナイーヴさ」という概念は、その年齢によって実態や受け取られ方が違っている。これらは一見同じようだがまったく性質の異なるものだ。

若者にとっての「ナイーヴさ」とは潔く、時に美しく、場合によっては女性の容姿と同様に「青春」という名の残酷な武器にすらなる。

30代半ばを過ぎてからの「ナイーヴさ」は、専ら自身の「弱さ」「拙さ」「脆さ」の自己弁護や詭弁に使い回されるのが殆どだ。
これらは「永遠の少年」や「アンチ・エイジング」といった"追い風"になるような甘美な言葉を用いて、状況、他者、そして自身を誤摩化しているのが常である。

実はオッサンたちが自己演出する「ナイーヴさ」ほど、そのイメージからはほど遠い厚顔無恥な「居直り」行為はない。

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Author:泰山 / TAIZAN
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