硬派の宿命・野望篇

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彗星の帰還

家督を継ぎ、家業を守ってゆくことを決心した兄たちを尻目に、自らの生理と行動原理に従い家を捨て外海に打って出て行った弟。
やがて明確なる理想を掲げた彼は兄たちと同じく一家の大黒柱となるが、厳しい現実の前に挫折し、若さ故の不敵さが鳴りを潜めた途端に行き場所を失い荒野を彷徨い続けた。

家を守る者からすれば、この彗星の如く縦横無尽に世界を駆ける身勝手な弟は羨望混じりで実に疎ましい存在でもあっただろう。
ましてや彗星は自由で気まぐれだ。世の倫理や世間の期待などは、己の本能を満たす行為に比べれば屁のようなものだと考えていた。その為には他人がどうなろうと知ったことではないとばかりに。

しかし、自身の生き方に揺らぎと翳りが見えた時、その傷だらけの彗星に手を差し伸べてくれる兄弟たちがいた。迎える側も、頭を垂れて迎え入れられる側にも、度量というものが備わっていなければこの舞台は成立しなかった。

時間という魔術がすべてを解決してしまう問題はいくらでもある。
放蕩息子の帰還に心から祝福を贈りたい。

全日本プロレス「2009 プロレスLOVE in 両国 Vol.8」

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Cat Powerの温故知新

普段は滅多に女性ヴォーカルには興味を示さない私だが、ここ数年で新たに知ったアーティストたちの中でも彼女は収穫の筆頭だった。

これはおそらく、現在彼女のバックを務める "Dirty Delta Blues band" のギタリストであるジュダ・バウアー(Blues Explosin)の存在に寄るものが大きいだろう(何せ、そもそも彼が旺盛に課外活動しているという情報で彼女を知ったのだから)。



デビューした90年代のオルタナティヴな先鋭的素養プラス、ティーニー&リロイ・ホッジスという "Hiサウンド" の重鎮たちとの共演を経てトラディショナルなブルースやR&Bを咀嚼していった成果が "Dirty Delta Blues" の面々との邂逅によって「斬新さ」と「伝統」が得も言われぬ形で融合した彼女の真のオリジナリティを確立するに至ったと私は判断している。

彼女がカヴァーしたオーティス・レディングの「I've been loving you too long (to stop now) 」を聴くと、その成果が十分に理解して頂けるだろう。未聴の方は是非。

訂正

25日発売の雑誌『MySpace From JP.』の「From Friends' Favorite」というページで、私が日頃愛用している道具が紹介されているのですが、文中に誤表記があるので訂正しておきます。

×一眼レフ
  ↓
◯レンジファインダー

無論、私はこの点を十分理解して使用しております。

個人的飛躍の黄昏時

ここ1,2年ほどで、様々な場面で自分より一回り以上も若い人々と出逢う機会が増えてきた。そんな世代の人たちが続々と世の表舞台に出てくる時代になったのだろう。
組織に所属していない自分にとって、これは非常に新鮮かつ刺激的な事態だ。

だが、そこで兄貴風を吹かして「見守ってやろう」なんていう厚かましい気持ちは更々ない。何故なら、俺も彼らから何がしかを受け取っているのは確実だからだ。

精神的なレベルでの "Give & Take" とでも言うか...
それは「対決」であり「共闘」でもある。

俺が今現在持っている技術やこれまでの経験でもって、今後はそんな人たちを後押し出来る力になれればと願っている。無論、それが自分にとっての「糧」ともなる。

道具というもの

今、私にとって最も身近な「人類最新の機器」と、史上最もプリミティブな「ものを切る為」と「火を着ける為」の道具。
使用用途は違えど、これらすべては分け隔てなく私の脳細胞や指先の延長として確実に「機能」を遂行する物質たちである。私の精神の能動性の忠実な僕(しもべ)だ。

ひとつ言えることは、人間が使う道具は使い方を誤ると途端に人の身体と心を傷付ける「凶器」と化す。それはネットに直結したPCや携帯電話でも例外ではない。

それを人々は、どうしても道具や環境の責任に転嫁しないと気が済まないようだ。私はそんな愚者共よりも、忠実に機能してくれる道具たちを信じる。
道具を使いこなすこととは即ち、道具自体に精神性が生じることに他ならないと思っているからだ(これぞ大藪イズム)。

所詮は人間有りきの道具。要は使う人間側の精神の持ち様次第である。

L1010825.jpg

誕生日

今年の夏は涼しいけれど、こんなにクソ暑い時期に生まれたなんて、人生の出発点から早々母親に迷惑を掛けていたのだなと反省至極。

つい先程マイスペの方に、米国在住のワディ・ワクテルさんという方からお祝いのコメントが届いた。感謝。

MySpace:泰山/TAIZAN のコメントボード
(2009/8/21 9:14付のコメントを参照の程)

ワディさんは私が以前から敬愛するギタリストで、著名な仕事としてはキース・リチャーズのソロプロジェクト「The X-Pensive Winos」でのサポートが筆頭に挙げられるだろう。 国内では奥田民生のレコーディングにも参加している。地味だがいい仕事をする人。

↓このビデオで、メガネかけて長髪でレスポール弾いている人物


ワディさん、意外とマメなのだな。仕事なくてヒマなのか?
しかし彼のマイスペや画像のデザインは、そのファッションセンスと共に最悪だ。私がなんとかしてあげたいぐらいである。

U.W.F.戦史 2

前作『U.W.F.戦史 -1983年~1987年 誕生 勃興編-』の続編。
年一冊の刊行ペース。前作も昨年の今頃に読了した記憶がある。

『U.W.F.戦史 -1983年~1987年 誕生 勃興編-』(泰山堂通信「硬派の宿命」)

引き続き本書は、前田日明率いる「出戻りU」が古巣の新日本で、リング上で、そして政治的にも軋轢を生み出し、長州襲撃事件による前田の解雇を契機に名実共に独立を果たした「その後」を、その当事者たちとは殆ど縁もゆかりもない第三者が当時の資料を元に完全なる客観視点で綴った「通史」である。

特筆すべきは、単純に本書のテーマであるUWFという運動体の活動のみにスポットを当てるのではなく、同時期の他団体の内情やその後の展開に、新たに生まれ落ちたUWFが如何に影響を与え呼応していったか(特に前田と天龍の関係)という具合に、並走する複数の歴史の横軸を繋げるというアプローチに尽きる。著者が本書を「歴史書」と定義する意志が理解出来るというものだ。

特に前田たちに去られた新日本のその後は混迷を極めている。これはその状況をリアルタイムで眺めていた私も当時実感していたことだが、70年代に猪木が孤軍奮闘し構築してきた世界観やイデオロギーがごっそりUWFという団体に形を変えて抜け落ちてしまったかの様相であった。すべては猪木の「老い」が発端だったとしか言い様がない。
古いシステムは志を持った若者たちによって刷新される。歴史は繰り返されたのだ。

そんな新日本に見切りを付けた当時のファンが、「猪木的」な思想を受け継いだ前田率いる新生UWFにプロレスの新たなる未来像を託したのは当然の成り行きだった(実際、私もそうだった)。
事実、UWFは社会現象となり、前田は若者たちのカリスマとして一躍時代の寵児となる。しかしその栄光と裏腹に団体の内実は違っていた。

プロスポーツとしての魅せ方と純粋な勝負論との整合性と矛盾。選手とフロント間の乖離。藤原、船木、鈴木という後発メンバーと古参との確執。そして練習生の事故死...旗上げ後の一見順風満帆な活動の水面下で、そう遠くない未来に訪れるであろう崩壊の種はすでに撒かれていたのだ。

格闘界のオピニオンリーダーとなった前田も、こうした諸問題に巻き込まれ次第に苦悩と自己矛盾を抱えていく。
革命者は、決して良き統治者にはなれない、という事実は歴史が証明している。どんなに高潔な理想を持って立ち上げた団体であっても、組織というものは時間が経過すればまず間違いなく腐敗するのだ。
やがて前田も、かつて自らが追い落とした猪木や佐山の如く、同士たちから追放される運命にあった。

おそらく1年後に刊行されるであろう「UWF三国志」で、その夢の終わりが淡々と描かれることになるだろう。


U.W.F.戦史〈2〉1987年~1989年新生U.W.F.復活編U.W.F.戦史〈2〉1987年~1989年新生U.W.F.復活編
(2009/08)
塩澤 幸登

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bad-ass

TAIZAN ('09/03/19)

さっきマイスペにUPしてる画像にコメントが付いてたので見てみると(上記リンク参照) 今年3月のライブ時に(このバンド、今は辞めてしまったけど)友人の アマンダが撮影してくれた私の写真に対しこんなことが書かれていた。

「bad-ass」

コメント入れてきたのはアリゾナのおっさん。
プロフを見るとどうやらミュージシャンらしい(ちょっと変態系)。

で、「bad-ass」だが、普通に考えると他者を侮蔑する言葉のように 受け取れるが、近年のあちらのスラング事情を見渡すと、その字面の 印象とは裏腹に、相手を褒めるニュアンスで使われるみたいだ。

そういえば以前、マイスペをやり始めた頃、同じようにメッセで 「 bad-ass!」と書いてきたメリケン野郎がいて、その時は知らずに 「コノヤロー、人を馬鹿にしやがって!」と脊髄反射でもって そいつをマイスペフレンドから叩き切ったのであった。 まだやり始めだったので、当世の英語事情に疎かったのである。
スマン、俺が未熟だった...今では悪いことしたと思っている。

<補足>
その後、某友人から「bad-ass」とはやはり「かっこいい!」という意味で使われると教えて貰った。なるほど、この時の私は確かに格好いい(いやいや、カメラマンの腕がよかったのだ!)。

本職の方でも世界に通用する格好良さを追求していきたい。

観察者の特権

今月の30日、船木誠勝がプロレスのリングに帰ってくる。

船木、みのる戦へ「一戦交えてみて。でも元の関係には…」=8.30全日本プロレス

実情はともかく、新生UWF移籍以降が彼の「格闘家」としての人生だったとしたら、実に20年振りに「純プロレス」のスタイルに回帰することになる。

若干15歳でデビュー。その華のあるルックスとセンスから新日本プロレスを背負って立つ「21世紀のエース」と期待されたが、当時業界の最先端を行く革新派だったUWFへと合流。UWF解散後、藤原組を経てパンクラスを設立。
31歳の若さで総合格闘家としてのキャリアにピリオドを打ち、後に俳優へと転身。そして一昨年に再びMMAのマットへと復帰するも年齢と時代の流れには勝てず負けが込んでいるという厳しい現状。

同世代人として、ここまで波乱万丈な人生模様を我々に叩き付けている人物は他ジャンルを見渡してもなかなかいないだろう。

当日のチケットはすでに押さえた。
そんな生ける伝説が、因縁浅からぬ男たちと華々しい舞台で邂逅するシーンを間近で目撃出来る幸福。これはひとつの世界を長年見続けてきた者たちだけが分かち合える特権である。

若い人たちへ。
今、貴方たちの身の回りにある大好きなものを、これからも大切にし続けて下さい。
たとえそれらが時代の潮流から外れたり、逆境に立たされたりして一時輝きを失ったとしても、「アテが外れた」と安易に見限ったりしないで、常に自分の心の中に留めておけるよう心掛けて下さい。
そうすれば、10年20年後に、思い掛けないプレゼントが舞い込んで来るかも知れません。人生、捨てたもんじゃないよ。


船木誠勝 vs 鈴木みのる(1994年10月15日/両国国技館 )


「ひとつ星」の相応しさ

ネット通販で赤いスウェードの"ワンスター"を購入した。70年代物の復刻版らしいが、人気がないカラーなのか、かなり安く叩き売られていた。

L1010812.jpg

定番の黒+白星のタイプをここ10年ほど履いていたのだが、ソールのカカト部分がすっかり摩耗して穴があいてしまったので(写真向かって右上を参照)昨年同じものをスペアとして購入したばかりだった。
しかし、こちらもたった1年でほどなく左足のソールが削れ始めてしまった。私の歩き方は相当クセがあるらしいのか、何時も左足のソールの方から段々と減ってしまうのである。しかもコンバースのソールのゴムは異常なほど早く摩耗する(愛用されている方ならご理解頂けるだろう)。

そこで急遽3足目を投入した。赤を選んだ理由は、好みであり自分に似合うと思っているカラーだからだ(所有しているギターも2本が赤)。
勢い、10年間履き古したやつもリペアに出して改めて最前線へ復帰させようと企んでいる。新しいものを得ると、改めて古いものまで大事にしようという気分になるのは何故だろう。

自論として、同じコンバースでもキャンバス製のオーソドックスな"オールスター"は若者たちのものだというイメージがある。清貧の美学とでも言うか、そのシンプルさからは青春の香りが立ち昇っている。
だから30歳を過ぎて「贅沢」や「快楽」をひと通り知り、薄汚れてしまった大人が履く資格のないスニーカーだ、という思いがある。だが、レザーをふんだんに使った"ワンスター"には、また違った魅力があるのは確かだ。

こんないい加減なようでいて強固な理由で、私は"ワンスター"を選ぶ。最早私にとっての"オールスター"な時代は遥か遠くに過ぎ去ってしまった。

そういえば高校時代に履きつぶしたハイカットの"オールスター"がまだ実家にある筈だ。洗濯を繰り返し、黒がすっかりグレーになってしまった一足。
今度帰省したら(と言っても現在の住居から1時間も掛からないが)改めて自分の「青春の残骸」を確認してみようか。

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I'm a man.
I'm just an average guy.

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