硬派の宿命・野望篇

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髪型に於けるロードマッピング

大分髪が伸びてきた。
現在、この頃のデ・ニーロみたいな感じになっている(2分過ぎ辺り)↓
前髪短め、横と後ろ若干長めの、ちょっとモッズっぽいスタイル。



で、鬱陶しくなってきたので近々散髪に行こうと思ってたのだが、放っておいたら段々落ち着いてきた。私の頭髪は剛毛で癖っ毛だから(お蔭さまで薄毛になる兆候皆無)その日その日の環境で状態がかなり左右されるのだ。

もう少し伸ばせば更に安定するんじゃないかと思い、このままこの頃の優作のような「伊達邦彦@野獣'80」ヘアーにしてしまおうか、なんて考えている。



そうるすと、やはり赤いベストや紺色のスウィングトップ、或はUSアーミーの戦闘服を着るのがスジだろうか(意味がわからない人は本編を観てね)。

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今、世の中には大河ドラマが足りない

土曜日の全日横浜文体大会へ行ってきました。詳細は以下のリンクで。

全日本プロレス「FLASHING TOUR 2009」最終戦

で、肝心の船木 vs 鈴木みのる戦。

この幕切れには、正直言って「まあ、こんなものだろうなあ」という感想。
プロレスとは連続する大河ドラマであり、興行論の観点からするとチケットを買ってくれたお客をいかに満足させるかということよりも、いざ興行が始まった時点で、次にこれらのストーリーをどう転がしてゆくかということがすでに主催者側の最大の焦点となっている筈。

そもそも船木が復帰してまだ一ヶ月足らず。ここで因縁の深い両者の決着を綺麗に付けるわけがないという道理は、ちょっとプロレスを見続けている人間なら誰でも判るハズだが、それでも会場のそこかしこからは「延長!」コールやら「金返せ!」といったピュアな怒号が渦巻いていた(かと言って暴動を起こすほどのエネルギーがあるわけではない)。
また、序盤のUスタイル的展開の際には「ここはパンクラスじゃねえぞ!」やら、船木のラッシュに対してブーイングが飛び交うという排他的な状況。やはり「パッケージプロレス」を標榜する生粋の武藤全日ファンには船木のいびつなアプローチはなかなか受け入れられないのだなと実感しながら、セミファイナルとメインを観戦せずにそそくさと野毛の歓楽街へと退散したのであった。

今現在主流となっている観客はその瞬間の刹那的でミニマムな充足感を求め過ぎていると思う。レスラーたち、そして自身の人生も、この先まだまだ続いていくというのに、一体何を焦っているのだろうか(これは昭和の時代に会場で暴動を起こしたような我々世代のファンの過去も同様だったが)。
8月の両国での復帰戦も、長らく船木がファンの期待を散々スカし続けてきたからこそ醸し出せた期待と緊張感であり、そうした過程を経てようやく得ることの出来た極上のカタルシスだったと私は思っている。

結果として、相変わらず船木の今後の動向からは目が離せない。こんな特異なレスラー人生を送っている者は他に見当たらないし、過去にも存在しなかったからだ。この先の展開がまったく読めないところが実に興味深い。これからも沸点の低い平成のデルフィンたちのニーズなどには目もくれず、空気の読めない・読ませないファイトスタイルを貫いていって欲しい。

背負い込んだ過去を清算し、他者の思惑などお構いなしで道なき道を行く。
ひょっとしたら私は今、彼の人生に共感しているのかも知れない。滅多にこんなヤワな心境にはならないのだが、これもやはり年月の重みだろうか。

黄金の日日

個人的にNHK大河ドラマ史上No.1の作品だと思っている『黄金の日日』(78年)が昨日23日(水)から時代劇専門チャンネルで再放送開始されました。
月曜~金曜の12:00 / 0:00の1日2度の放映。

旺盛な行動力と才覚で貿易商としてのし上がってゆく主人公・助佐(市川染五郎・当時)も無論魅力的ですが、何といっても脇を固める登場人物の描写が素晴らしい。まさにこの時代ならではの豪華キャスティングです。

中でも近藤正臣演ずる石田佐吉(三成)と細川ガラシャ(島田陽子)との悲恋は「本当にこれが大河ドラマなの?」と思ってしまうほどのメロドラマ的な美しい色彩を帯びていて必見。
そもそも私は恋愛ものというジャンルにはまったく興味がないのですが、この二人の関係と三島由紀夫の『春の雪』だけは特例なのです。

天下人となり変節してゆく秀吉(緒形拳)の下で苦悩し続ける治部様の姿は物語後半の見所。この作品一発で近藤正臣のファンになりました。



磔磔

京都の四条に磔磔(たくたく)という老舗のライブハウスがある。

古い蔵を改造した店内は風情のある雰囲気で、いざライブが始まると実に不可思議な空間がそこに現出する。この独特なムードを体験する為にわざわざ京都にまで足を運ぶ価値がある、なんて思わせてしまう素敵な店だ。

個人的にも、この店には様々な思い出がある。
詳しくは書かないが(もうちょい出世するまで取っておきます)自分が現在の道で食って行こうと決断することになる遠因がこの店で起きた出来事に関係している。

そういえば数年前、同行した某アーティストのリハーサル中にマネージャー氏と店の近辺を徘徊した際、「泰山堂」という名の古い紙箱屋を発見し、妙な縁を感じたことがあった。



twitter

こちらでは初めてお知らせしますが、ちょっと前からtwitterを始めました。
https://twitter.com/taizan_do

普段こちらの方で近況や思い付いたことをちょこちょこ書いてます(最近、長文を書くのがすごく辛いので)。
で、たまにブログの方で重めのテーマをドカッと書く、というローテーションが今の自分にはいいペースかなと。

mixiでお知らせした際、殆どリアクションがなかったので、しつこく告知。
好奇心ある方のフォローをお待ちしております。その一足が道と成る。

私の好きな映画のシーン #2

『Mean Streets』('73)


悪童・ジョニーボーイ(デ・ニーロ)が本編に初登場する場面。
以降のスコセッシ作品でも頻繁に使われる、どんよりと粘りつくような深紅のライトに照らされたナイトクラブ空間に、まさにBGMで流れる"Jumpin' Jack Flash"的な「厄難」をもたらす存在のジョニーボーイが、主人公チャーリー(ハーヴェイ・カイテル)の眼前にゆっくりと現れる暗示的なシーン。

敬虔なクリスチャンである三下マフィアのチャーリーは、身に降り掛かるすべての「厄難」を引き受ける覚悟を持っている。そんな彼の矜持が、二人を破滅的なラストへ向かわせてゆくことになるのだが...。
このワンシーンだけで物語のテーマを語り尽くしているような気もする。

数年前、スコセッシがストーンズの映画を制作するというニュースを聞いた時、真っ先にこのシーンを思い出した。「当然の帰結だな」と。
30年の年月を経てようやく実際に肌を合わせることとなった両巨頭。この長い「溜め」に意義があったのだ(完成した作品の出来不出来は別として)。
本編の本シーンを体験せずに『Shine a Light』という映像モニュメントを理解することは不可能だと思っている。

カメラは薬だ

一夜明けて、ほぼ復調しました。
やはり睡眠と、美味くて栄養のある食事をしっかり摂っていれば病気や怪我はみるみる治癒していくものなのだなと、こういう時ほど実感しますね。

あと大事なのは、能動的な想像力というか、体調が悪い時間をやり過ごす際、如何にポジティヴに物事を考えていくかということも重要だと思います。
こんな時に政治や仕事や将来の不安といった日頃のネガティブな事象を考えたらあきまへん。ひたすら精神と肉体の回復に集中し、一切を放棄するのが吉。

で、私がここ数日、熱で朦朧としながら考えていたのがカメラの買い足し。
結果として、これが一番の「薬」となりました。

このところ魅力的な商品が相次いで発表されているデジカメ市場ですけれど、最もインパクトがあったのは何と言ってもライカM9でしょう。
leica_m9

本機は、遂にM型ライカにフルサイズの撮像素子を搭載したというのが最大のアドバンテージですが、そのスペックを踏まえた発表前の予想よりも大幅に下回った価格設定に正直気持ちがグラついてます。とにかくUV/IR関連の問題をクリアしたというだけで、その一点でM8/M8.2の購入を見送った私にとっては十分な動機になっている状況。これで愛用しているレンズの性能も十分に引き出せる(あまり専門的な講釈はこの辺で止めておきます)。

思えばこれまでデジカメの購入に関しては妥協の連続でした。実際、ここまで私を奮い立たせるものは初めてかも知れない。

同時に発表された廉価モデルのX1もまた魅力的な仕様。
デジ一中級機と併せて気軽に使ってみたいと思わせる、古き良き時代の距離系の付いてないタイプの「バルナックライカ」を彷彿とさせるデザイン。でもこれがあったら完全に銀塩ライカを使わなくなってしまいそうだ...。

なんてことを熱にうなされながら考えていたら、全身の細胞が活性化されたのか、すっかり風邪が治ってしまいました。
あとは夢の実現に向けて邁進するのみ。

軍艦島上陸作戦

上陸前に大敗を喫す。おかげで寝床で丸一日轟沈していたぜ。

軍艦島ver3.0

前日からの風邪由来の高熱で長崎入りが叶わず、結果的に当日は天候不良で上陸船が欠航になるという運びに。
で、結局5日間の九州旅行は全行程お流れとなりました。

悔しいったらありゃしねえ。
この貸しは絶対に返して貰おうか(なあ、天の神様よ)。

私的創作黎明記 #2

<前回からの続き>

まずは手始めに台湾とフィリピンについて調べてみた。
家にあった百科事典を紐解き、当日休暇で在宅中だった父親にも色々と尋ねた。そして国の成り立ち、風土、そこに住む人々の人種や民族などを大雑把に把握した。

ストーリーの細かいところは古い話なので忘却してしまった部分も多いが、大まかにはこんな感じだった。

「誰も知らない小さな国」からおよそ20年後の話。
小学生だった「せいたかさん」もすでに30代で、彼は職務として人間とコロボックルの共存可能な社会を構築すべく尽力している。
山の民であったコロボックルたちの中でも、進んで都市部に移住してきた者たちがいた。彼らは身体が小さい故に一般の人間たちよりも人生のサイクルが短いので世代交代が早く進む。更に人間の文明を受け入れたおかげで人工が爆発的に増えて次第に都市へと流出せざるを得なかったのだ。

そんなある日、街に住むひとりの好奇心旺盛なコロボックルの少年が、南へ向かう渡り鳥の大群に攫われてしまう(凧揚げしてて糸が鳥に絡まった...とかそんな理由だったと思うが、ちょっと詳細は失念してしまった)。
彼はどうにか鳥の背中にしがみついて海を渡ってゆくが、途中で振り落とされてしまう。そこはフィリピンの小島だった(無論、彼は認識していない)。
熱帯地方のうだるような暑さのジャングルで、彼は途方に暮れながらも自給自足の生活を始める。熱帯植物の葉で住居を作ったり、川で魚を釣ったり、山でバナナを採ってきて食料とした...

...話を中断するが、この熱帯の島でのサバイバル・シーンは数年前に何かの雑誌で読んだ、南方の島々から帰還した元日本兵の横井さんや小野田さんの手記に書かれていた記述を参考に構築したのだと思う...おそらく。
とにかく、当時の小学校四年生が持っていたありったけの知識をそこにブチ込んでいったのだ。

その頃日本では「せいたかさん」が少年の不在を知り、彼の捜索を開始していた。実はコロボックルの少年はコインのような物(これも具体的に何だったかは失念)を大量に収集して袋に詰めて携帯していて、鳥に乗って飛行している間にそれらが偶然にもぽとりぽとりと落ちてしまい、一定間隔で海上に浮かんでいたのだ(実に子供の発想らしい都合の良さ!)。
それに気付いた「せいたかさん」はポンポン船をチャーターして海にぷかぷかと浮かぶその「コインのような物」を追って一路南洋を目指す。

結局彼らはフィリピンの孤島で再会するのだが、何故か「せいたかさん」はそのまま真っ直ぐに帰らず「思うところあって」コロボックルの少年と一緒に小船を作り、フィリピン→台湾→沖縄と次々に小さな島々に寄港しながらそれぞれの土地の風土を体感してゆく旅を始める。出会う人々もまるでグラデーションのように段々と日本人に近づいてゆくのだった。

最後はあっさり日本に到着して目出たし目出たしで終わるのだが、当時小学校四年生だった私は原稿用紙30枚に及ぶこのストーリーを一日で書き上げた。
T先生から配布された原稿用紙はたった5枚しかなかったので、仕方なく母親に近所の文房具屋で買ってきて貰った。後に母はその日の私の姿を「まるで何かが取り憑いたように黙々と机に向かっていて気味が悪かった」と回想した。

今思い出せばいかにも子供らしいいい加減な思い付きの強引なストーリー展開ではあるが、それでもたった一日で原稿用紙30枚に書き切ってしまった集中力は驚愕に値する。そして何より驚くべくは、その着眼点だ。

私が、我々の祖先が黒潮に乗って南洋から辿り着いたのではないかという日本人の南方起原説を知るのは遥か後のことだった。
まるで日本史を再現するように、その黒潮の流れを日本の先住民族であったかも知れないコロボックルと共に小舟に乗って旅をする...自分のことながら、偶然にせよ大胆ながらも的を得た発想だったなと感心する。
更には「国境線」など関係なく縦横無尽に世界を駆ける男たちの「冒険譚」、そしてコロボックルの少年がサバイバル生活を通して未知の世界と出会うことによって成長してゆく「教養小説」としてのエッセンスも含んでいたように思う。これらは実に現在の私好みのストーリーでもある。

いやはや、子供の無自覚な意識というものは時として恐ろしく鋭い時がある。或は「三つ子の魂百まで」なのだろうか。

夏休み明け、結局続編を書いてきたのは私を含めて4人だった。無論、そんな大作を書いてきたのは私ひとりだった。
T先生は絶賛してくれた。正直ここまでやるとは思わなかったと驚いていた。

そして2学期の終わりの全校集会に於けるクラスごとの出し物で、この私の書いたストーリーを元に巨大な紙芝居を作り発表しようというT先生からの提案があった。

こうなってしまったら、すべてを仕切りたくなった。当時から絵が得意だと自他ともに認めていた自分自らが作画監督も務めさせて貰った。これは「コロボックル物語」シリーズの挿絵を担当されていた村上勉氏の印象的な画風をしっかりと踏襲して、縦横数メートルはある大きな模造紙の上に描いていった。着色は細かい指示を出して「塗り係」のクラスメートにやって貰う。

課題を提出した他の3人のうち、私が最も親しくしていたFが「人間とコロボックルが理想的に共生すべき未来の社会像」について具体案を提示してきたので、そのことをわかりやすく示す冒頭のシーンで彼のアイディアをビジュアル的に反映させた。

途中、ストーリーの細かい矛盾点や設定の甘さを突っ込んでくる「自称お利口さん」のクラスメートも何人か居たが、そんな些末な意見には一切耳を貸さなかった。

「いったん俺の頭から外に出ちまったら、あとは知ったこっちゃねえよ。それより今やらなきゃいけないのは紙芝居を完成させることだろう?」

この辺の「次いこうぜ、次」という感覚は、今も昔もまったく変わっていないと思っている。

四年生の三学期の終了をもって、T先生は他校に赴任された。
暫くして先生から、彼女が所属する児童文学の研究会に是非この作品を提出したいので、自分の指定通りに書き直して貰いたい、との連絡があり、赤文字で沢山の訂正が入った原稿と真っさらな原稿用紙50枚が我が家に送られてきた。
だが私はその指示に従わず、清書した原稿を先生に送り返すことはなかった。

<了>

私的創作黎明記 #1

昔々、小学校四年生の夏休みの宿題で、一学期に授業で使われた佐藤さとるの著作『だれも知らない小さな国』の続編を考えて自由に書きなさいという課題を出された。

担任のT先生は当時40代半ばの女性で、全国的な規模の児童文学の研究会に席を置き、わざわざ当時のソ連まで自費でボリショイサーカスを観に行くような芸術家肌の方だった(息子さんも美大に進学されていて、後に私は奇しくも彼の後輩と成ることに)。

そのT先生が、ある意味「なんでもあり」のカリキュラムであった道徳の時間を、毎回彼女自身が見立てた児童文学や絵本を生徒たちに読んで聞かせ、そこから教材としてディスカッションや感想文を書かせたりという授業を2,3,4年生の三年間、同じクラスで展開し続けていた。
私はそんなT先生の授業が大好きだった。読書という行為に慣れ親しむことが出来たのは彼女のお陰だったと今でも感謝している。

佐藤さとるの「コロボックル物語」シリーズをご存知の方は、おそらく我々の世代では多くいらっしゃるかと思う。

主人公の小学生「ぼく」は夏休みに「もちの木」を探すために山へ行く。そこで地元の老婆から小人伝説を伝え聞くのだが、翌年に同地を再訪した際、本当に小人と遭遇してしまう。そして彼はコロボックルたちから「せいたかさん」と呼ばれ、彼らと親交を深めてゆく...。

小学生の私はこの物語を、今現在日本全土で文明を支配している「現代人」と、山に潜む少数民族である「コロボックル」たちとの理想的な共存の可否を提起しているのだと幼いなりにぼんやりと解釈していた。

この夏休みの課題にあたって、T先生は「書きたい人だけでいいから」と、生徒たちに強く強制はしなかった。
私もそれを真に受けて、8月半ばを過ぎるまではこの課題についてすっかり忘れていた。何故ならば、同月の上旬に虫垂炎になってしまい、生涯初めての入院生活が一週間続いたからだ。それどころではなかったのだ。

退院後、まだ激しい運動が出来ず、私は自宅で折角の夏休みを持て余し退屈していた。その日も何気なく勉強机の棚に置いてある地球儀を手に取って日本周辺の地形を眺めていた。これは私にとっては別段珍しい行為ではなかったが、その日はたまたま九州から南下した位置に存在する群島に注目した。外で自由に遊べない不自由さが私の意識を外的な方向に作用させたのかも知れない(少々こじつけ気味)。

種子島、屋久島、奄美諸島、沖縄...と、点在する島々を辿る先に一際大きな島、台湾があった。

「台湾って外国だよな? でもこうやって海を渡ってくと簡単に外国に行けちゃうもんなんだな...海の上には国境線もないし」

そこは"台湾バナナ"の産地というぐらいで、これまで全く意識をしたことのなかった土地だった。
そうやってさらに視線を南下させると、フィリピン諸島に辿り着いた。小さな島々が沢山寄り集まっている複雑な地形だった。

「アメリカまで船で一気に太平洋を渡ろうとすると大変そうだけど、フィリピンまでなら途中休み休み行けそうだ...」

そこで私は閃いた。この真逆のフィリピン→台湾→日本というルートで何かストーリーが書けるんじゃないか、と。問題は、宿題のテーマである「コロボックル物語」とどう関連付けるかであった。

<続く>

だれも知らない小さな国 (児童文学創作シリーズ―コロボックル物語)だれも知らない小さな国 (児童文学創作シリーズ―コロボックル物語)
(1996/11)
佐藤 さとる

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