硬派の宿命・野望篇

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iPhoneをライトボックスに

こちらへは所有しているデジカメをすべて持って来ているのだが、3月下旬に一度帰京した際にポジフィルムを入れたままだった某ドイツ製メーカーのフィルムカメラの存在に気付き、衣服等と共に持ち帰った。

今や仕事用や日常でも殆どデジタルなのだが、たまにシーンをデジタルデータではなく「物質」として残したい時に今でもポジで撮影している。リバーサルフィルムをライトボックスで透過させルーペで拡大して鑑賞した時の鮮やかな発色と立体感は、デジタル画像をモニター越しに見ることではでは決して得られない美しさだ。

しかし現在の仕事環境にはライトボックスなどないので「現像したポジをどうやって見ようか?」と思っていたのだが、iPhoneのアプリでこんなものを発見。

LightViewer

要はiPhoneの液晶の発光を利用してライトボックス代わりにポジを透過させて鑑賞するというもの。実はこれをダウンロードする前は同じ原理の「懐中電灯アプリ」で代用していたのだが、こちらの方が有料だけあって光量の無段階調節やスイッチON時に蛍光灯が発光する際のアナログな演出などの付加価値が有る(別に無くても困らないが)。ちなみにこのアプリをiPadの画面で拡大して使用すればマウントしていないスリーブ状態でも鑑賞出来る。

さらに透過させた像をデジカメで複写してデジタルデータ化してみる。フィルムスキャナーがなくてもブログ用の小さな画像ならばこれで充分だろう。
デジ一等も試してみたが、GRDでマクロ撮影するのが効果的に面白かった。28mmの画角なので周辺が流れて、図らずもクラシックカメラやトイカメラのようにちょっとチープで独特な写りになる(ちゃんとした画像が必要ならば素直に普通のデジカメを使えばいいのだ)。

DSC_0029.jpg


R0011599.jpg


R0011598.jpg


R0011600.jpg

今後の問題として、市内の写真屋をいくつか回ったのだが、何処にもポジフィルムを置いていないという事実が発覚。次回帰京時に新宿でまとめ買いしなくては...。

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empathy

「復興の精神」(新潮新書)読了。
本記事のタイトル通りの心境になった箇所を抜粋。

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「あの日、家ではお茶の稽古をつけていた家内は、それをすぐに中止しました。しかし、私自身はその日もそれ以降も特別なことはしていません。
周りがうるさくなってくると静かにする。ブレーキをかける。そういう習性が身についているのです。それは今に始まったことではありません。
戦争で懲りているのです。ああいうときは『こうしろ』『ああしろ』『言ってはいけない』『やってはいけない』という奴が必ず出てくる。大学紛争のときもそうでした。何か言うと、必ず『敵か味方か』というように決めつけられてしまう。
だから、こういう浮世の義理でお話しなくてはならない取材などを除いては、普段と同じように淡々と暮しています。」

(養老孟司「精神の復興需要が起きる」)


「『犠牲となられた方に哀悼の意を表します』『被災された方にお見舞い申し上げます』の決まり文句はもちろんだが、さらに最近の『我々はあなた方と共にある』『被災者の人たちに元気を与えたい』という類のステレオタイプな物言いにしても、その『善意』は疑わないとして、自分のいった言葉の意味を文字通りに考えたら、とても言えないだろう。
見ず知らずの死者を本気で哀悼できるのか。膨大な数の被災者を見舞うとはどういうことか。簡単には言えまい。
『共にある』『元気を与える』をそのとおりに思い込んで言っているなら、大人にしては純情に過ぎるか、誇大妄想というものだろう。
これら紋切り型の言葉は、何も言えない人間が、それでも何か言うことを迫られて、他にどうしようもなく使うとき、はじめて言うべき言葉として聞こえるのである。言えないという無力さの自覚があって、言うことが許されるのだ。
声を高くしてはならない。いや、声高な激励があったとして、その底に響く低い声がなければならない。それが『祈り』の声だと、私は思う。」

(南直哉「無力者の視線」)


「細かいことはさっぱり分からない私だが、見える限りの大雑把なことは分かる。大地震が起こり、津波がやって来て引いた後の映像を見て、『これは戦争の時の空爆の跡と同じじゃないか』とすぐに思った。東京の電車はすぐに動かなくなり、停電が言われ、福島には原発事故もある。寿司詰め列車に停電に放射能となったら、太平洋戦争終結後の日本とおんなじだ。
今更日本の総理大臣の悪口を言ってもしょうがないとは思うが、大震災後国民へ向けてのメッセージの中で、菅直人はこの大震災を『戦後に最大の危機』というような言い方をした。(中略)相変わらず『戦後』という枠組に縛られていることに、少しばかりあきれた。どう見ても今度の大震災は『戦争の後』だ。本州の三分の一の地域の太平洋岸が壊滅状態になっている。『本州の六分の一が壊滅的被害』というのは、とんでもないことだ。我々はもう一度『戦後の復興』ということを考えなければならない。そしてそれは、かつての『復興』に比べて、より困難なものになる可能性が十分にある。」


(橋本治「無用な不安はお捨てなさい」)

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ここから先、何を為すべきかを考え、どう振る舞うかは個々の判断。



復興の精神 (新潮新書 422)復興の精神 (新潮新書 422)
(2011/06/09)
養老 孟司、茂木健一郎 他

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シンクロ

太平洋戦争が終わった年、父方の祖父は現在の私と同年齢だった…ことに、ふと気付いた。これまで一度も考えたことがなかった。

祖父は年齢や健康面の問題で兵役を務めていなかったが、幼い子供たちを抱え当時はさぞ行く先不安であったことだろう。坊ちゃん育ちの道楽者が、否が応でもハードな現実の矢面に立たされたあの時代。

そんな心境に同調する今の私が居る。

祖父の好きだった歌。
聴きたくなるとレコードを持って私たち家族が住む二階に上がって来て(一階は祖父母が住む二世帯住宅だった)私や母に「これ、かけてくれんかね」とせがむのであった。いつも一緒に口ずさんでいたっけ。
必然的に、私の好きな歌にもなった。



此処にも一人

本件に関して私的な意見は一切書かない。この状況を直視し、その行間を汲み取って頂きたい。

福島県会津の豆腐屋である俺、汚染地での豆腐作りに嫌気がさし6/12をもって廃業決定! 「原発難民」として生きていく覚悟。事故と事故対応の不手際、情報隠しの東電や国、県の犯罪性を一生かけて追及する。豆腐屋をなめんなよ!less than a minute ago via web Favorite Retweet Reply



・豆腐屋おはら

・「豆腐屋廃業のお知らせ」

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I'm just an average guy.

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