硬派の宿命・野望篇

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道具の本懐

以前から思っていたのだが、酒席などで趣味の話題になった時に「ヴィンテージ・ギターや古い機械式カメラが好きなんです」なんて言うと、大抵のモノ好きの方々からは「ほう、ではさぞかしブランド物の機械式腕時計などにも凝っていらっしゃるんでしょうね」といった反応が帰ってくるパターンが度々あるけれど、実は「物」としての腕時計にはあまり惹かれるものがない。こう答えると意外だと言われる。

何分、「粋な大人の男の嗜み」としての腕時計、社会的ステータスを誇示する「アクセサリー」としての腕時計、ましてや投資目的...などという通俗的価値観にはまったく興味がないのだから仕方がない。
時間を確認するだけならば携帯の液晶表示を見ればいいし、「物質」としての腕時計なら、数年前にネットオークションで入手した米軍払い下げのハミルトンで十分満足している。

要は、腕時計には実用一点張りの価値しか求めていないのである(無論、高品質なブランド製品の「物」としての素晴らしさは承知した上で...決してこれらを否定している訳でないので誤解なき様)。

それでも数年前までは「俺もそろそろいい腕時計のひとつも持たにゃ格好付かんなあ」と自分に言い聞かせ、専門店やネットショップを覗いて有名ブランド物を見て歩いたのだが、今ひとつギターやカメラを求めている時のようには心がときめかない自分がそこにいた。値段は他の趣味への投資額とどっこいどっこいだから、どうやら金額的な問題ではなさそうだ。

これは常々自ら「何故だろう?」とよく考えるテーマだったのだが、ある時期に明確にその答えが出た。そして、まさに自分が到達した理由とほぼ同じ思考が本書には明解に記されていたのだった。
以下、引用。

-----

 たとえば、それがスイス製の高級ウオッチであるのなら、単に腕につけるだけで「ブランドの神通力」は瞬時に発効する。ロレックスなら、その文字盤をみることが、ブランドを所有する意味のすべてであって、ウオッチからはそれ以上の行動を要求されない。時計は時間を知るだけの道具ですから、その先というものはないわけです。
 でも、カメラになると、それを手にしたのちの行動、この場合は町歩きでも、海外のツアーに参加するのでも、室内の花でも、路地裏の猫でも、ともかくなんでもいいから撮影する。ただライカを持っているだけでは、ダメなのです。持っているだけでは、そのブランドの正当な所有者として認知されない。
(中略)

 ブランドを身につけることで、「そのブランドを持つクラスの人」に同一視されること、あるいは「そのブランドを持っている匿名の存在」という社会認識を得ることが、ファッションの目的の達成であって、その先のステップはもはや存在しない。でも、カメラに関してはその先のステップをカメラの方から要求されるのです。
 その意味で、一般のカメラブランドの属性は、楽器や運動用品、絵画道具などに近い。そこには「ユーザーによってなされるパフォーマンス」が期待されているのです。カメラブランドを手に入れることは、とても創造的かつ行動的なのです。

(田中長徳著『カメラに訊け! -知的に遊ぶ写真生活』より)

-----

私は、この場合の「ブランド」は「見栄」でなく「信頼の証」と解釈している。

古いフェンダーやギブソンも、古いライカやニコンも、無論それら自体に「物」としての魅力は確実にあるけれど(社会的価値も十分理解しているつもりだ)、自分にとって最大の興味と目的は、詰まる所それらを所有した上で「いかに使いこなすか」という一点に集約されている。
それはまるで、ポテンシャルの高い優秀な道具たちに自らが試されているかのように刺激的だ。


カメラに訊け!―知的に遊ぶ写真生活 (ちくま新書)カメラに訊け!―知的に遊ぶ写真生活 (ちくま新書)
(2009/03)
田中 長徳



■ コメント

フムフム。

うん、まったくその通りだと思うな。

「オレは時計というモノに興味を持てない」と言うと不思議がる友人がいたが、理由は上記の通りだったね。

あと、微妙な位置にあるのが「車」かもね。
所有しているだけである種のステータスを表明する車もあるけど、「どう乗りこなすか」とか「どういう日常を送っているか」の方が問われる車もある。
まあこれは見る側の価値観と人生観も問われちゃうけど。

何にしても、持ち主の物語性が必要なモノって好きだな。

追記

書いてて思いだしたけど、腕時計が輝いていた過去もあるよね。

特に飛行機乗り。

彼らにとっての腕時計(クロノグラフ)は、自らの生死をも分ける重要な道具だったよね。
昔読んだ、サン・テグジュペリの『夜間飛行』を思い出した。

ナオちゃん>

ムフムフ。これからは仕事で会う男性の腕時計に注目して下さい。

Pochiさん>

これは多分、私が外で他者と多く顔を会わせるような職業ではない故かも知れません。
もし私がばりばりのビジネスマンだとしたら、おそらく対外的な「武装用」として
高級スーツに合ったブランド時計を装着すると思います。
でもそれと、腕時計を「物」という対象として興味を持つのはまた別の次元の話かと。

車は私の場合、完全に『運搬用機械』と割り切るか、憧れの対象として眺めるだけです。
これは単車もそうですけど、一度興味を持ったら深みにハマるのが目に見えているので、
敢えて遠巻きにしている感はありますね。だって破産する自信ありますもの(苦笑)

そうそう、時計で唯一「物」的な興味があるのがクロノグラフなどの軍用物です。
スピマスも一頃いいなと思いましたが、私のファッションには激しくマッチしない(笑)

機能美

こんばんは。
私が暮らす田舎は車が無ければ身動きが取れないというところがあり、道具と聞いてまず思い浮かべたのはやはり車でした。
機械がその性能を、様々な部品の連環の中で発揮する、そのメカニカルな美しさ。この発想は多分に大藪春彦の影響があると思います。車内にぬいぐるみ等を置いたりしている車を見ると、それは違うと。

腕時計も、無骨に時を刻むこと、それを目的とした道具としての佇まいが良いと思います。一つの腕時計をずっと大切にする人は一人の女性をずっと大切にすると何かで目にした記憶があります。TAIZANさんは如何でしょう。(この質問はいささか勇み足であるとの自覚はありまず。お気を悪くされたら申し訳ありません)

Re: 機能美

lunaleclipseさん>

大藪ヒーローにとっての道具とは、それらはすべからく目的を達成する為に、
まさに自身の肉体の延長となって奉仕してくれる物でなくてはなりません。

行動を起こす前の朝倉が宝飾店に通い、ロレックスやオメガを渇望したことや、
大金を得た後、満を持してアメ横でロレックス・オイスターを購入したことは、
昼は会社勤めをし、夜は野望を成就すべく犯罪を重ねるという過酷な二重生活を
行使する上で、分刻みの計画的行動の為には不可欠な「信頼たり得る道具」が
どうしても必要だという明確な理由があってのことでしょう。
これは彼の車、拳銃、衣服、靴、サングラス等に至るすべての所有物と同様に、
それらを有効な場面で機能させることに最大の意義があったと言えます。
よって、通俗的サラリーマンが単に「ステイタス・シンボル」という理由だけで
ブランドを所望することは、同じようでいてまったく「実」の部分が違います。

女性に関しては...余計な発言をするとあらぬ誤解を受ける恐れがありますので、
ここではノーコメントとさせて頂きます(苦笑)

俺も腕時計には興味なし。
腕時計してると時間に縛られてる気になるし、
なにより手錠みたいで邪魔。

マニアな人にはたまらんのも解らないではないけどね。
「かっこいい腕時計って男性っぽくてステキ」とか言ってる女もいたっけな。

TAIZANの場合はやっぱり「表現者」なんだな。

Re: タイトルなし

tori氏>

カメラやギターといった「表現の道具」以外でも、ライターやナイフなどは好きだな。
「火を着ける」「物を切る」といった極めてシンプルな目的を持った愚直さがいいね。
人間に例えると「融通が利かないけど腕のいい職人」みたいで。

でもスーツでばっちり決めた時は、腕時計を付けないとどうにも様にならない時も。
やはり自身の趣味を越えて従うべきスタイルもあるのだとは思ってます。

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