硬派の宿命・野望篇

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『夜来香海峡 』 船戸与一

昨夏頃から仕事が絶えることなく続いていたお陰で、長らく読書(主に小説)すること自体が日常的に億劫になっていた(あと、物理的精神的にも無理があった)。ようやく一段落したのでこの機会に溜まりに溜まった「積ん読本」をぼちぼち片付けていこうと思う。

ということで、以上を「何故このタイミングでこの作品?」という疑問への返答とさせて頂きます。
以下、レビューなどとは呼べない感想文をば。

まず、ざっと粗筋を。

深刻な嫁不足に困窮する地方の農家の独身男性に向けて、中国の寒村から女性を斡旋し国際結婚を世話するというNPO法人の組織を運営する主人公。
ある日、彼の顧客の一人の花嫁が突然失踪する。組織の威信を懸けて女を追う主人公。そこに同じ目的で彼に関わってくる広域暴力組織の構成員との呉越同舟。
徐々に明らかとなってゆく失踪した女の過去とそれを取り巻く深い闇。次々に起こる殺人事件。謎の殺し屋の暗躍。日・中・露の国境を越えた暗黒社会の派閥闘争。物語は秋田から青森、そして北海道へと移行してゆく。

主人公は、とにかく人間的魅力が皆無な40代後半の男。妻と息子・娘との折り合いも悪く家庭崩壊寸前で、職場の部下の女といい仲になっている。仕事は旺盛にこなすが根っ子の部分で気が小ささく常に自己保身に汲々としている。船戸作品で描かれることの多い典型的な現代日本人の「傍観者」である(また、逆に言うと平均的な読者が最も感情移入し易い人物像でもあるのだが)。

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この中年男が、性格の破綻した暴力組織の構成員とその部下や、自分が雇っている大学生の調査員アルバイター(こいつが抜群の胆力と行動・判断力を併せ持っている)、そして彼が少年の頃から憧れ続けてきた鳶の頭領だった叔父との関わりを通じて、逃亡した女を追跡しながら様々な非日常及び非合法な事象に巻き込まれていくうちに周囲から影響され、行動者として内面が変貌してゆく過程が描かれている。これもまた一種の教養小説と言ってもいいだろう。

ところが、だ。ラスト。彼は結果的に独り残されることとなる。
物語冒頭で酒浸りだった元鳶の叔父は久し振りに会いに訪れた彼の心理的SOSを感知して力になるべく、怠惰な生活を脱却し自身の心身を鍛え直し甥っ子の元へ颯爽と現れ、彼の引き蘢りの一人息子を鍛え直し社会復帰までさせていた。しかし、事件に巻き込まれた老人が退場することによって息子は引き蘢りに逆戻りし、夫婦の関係も冷え込んだまま家庭崩壊は何ら解決することなくだらだらと今後も続いていく羽目になる。
彼自身もまた、この一件に関わることで図らずも自らの獣性に目覚めていったのだが、すべてが終わった後には元の木阿弥、或はそれ以上の精神的なスケールダウンに陥りこれまでの事業も手放すこととなる。

結局主人公の男は様々な事件や人間たちの渦に放り込まれただけで、オノレ独りでは何事も変革出来ないのである。現状を一寸も是正させる力も無く只々このまま生き腐れてゆくのみ...。

彼が憧れた古き良き日本男児たちは時間の経過と共にどんどん死滅してゆく。
彼が育てるべき才気溢れる若者たちの能力は開花することなく浪費されてゆく。

戦後日本に生まれ、バブル景気に青春を謳歌し、経済の破綻により自身の身の振り方までも目算が狂わされてしまった世代。そして過去からも未来からも隔絶されてしまった世代。
本編の40代後半の主人公はまさに現代の日本の先行き不透明な立ち居値を暗喩した存在と言えるだろう。まるで船戸から「もうお前らじゃ駄目なんだよ」と突き放されたような気分になった。一応ラストシーンに救いは残されているが、根本的には何時もの如く何も解決などされていないのである。

だが、船戸作品が凡百なノワール小説と違うところは、酷薄な現実を乗り越えようとする気力の灯を我々に着火してくれる所にある。たとえそれが、散々途方に暮れた後はもう身体張って動き出すしかないだろう、という結論に至る様な蛮勇であっても有り難い。


夜来香海峡 (100周年書き下ろし)夜来香海峡 (100周年書き下ろし)
(2009/05/29)
船戸 与一

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