硬派の宿命・野望篇

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焦らしに焦らされ(猪木のジャーマン)

若い頃は「心底に見たくて仕方がない」対象を拝めるのは滅多に叶わないことなのだと思い続けていた。また、そんなに簡単にこちらの願望が実現してしまうということなどあまりに呆気なさ過ぎて、逆に有り難みがなかったものだ。
自分が欲しい物と思うものはなかなか手に入らない。世の中とはそんなものだと普通に思っていた。

たとえば、70年代後期以降、猪木はまるで勿体つけるように滅多に伝家の宝刀であるジャーマン・スープレックス・ホールドをフィニッシュに相手を仕留めることがなかった。
日プロ時代はおろか、名勝負と謳われた一回目の猪木vs小林戦にすらリアルタイムでは間に合わなかった少年としては「映像」として猪木のジャマーンを見たことが皆無だったのだ。それこそ専門誌に再掲載された過去の試合の名シーンの写真を食い入るように眺めて胸を躍らすしか手はなかった。また、そのように空想する時間はとても楽しかった。

当時後継者と目されていた藤波が凱旋し、佐山タイガーが華麗にデビューした後、そのフィニッシュにジャーマン(あるいはその応用・派生のスープレックス・ホールド)が多用された。それは即ち、彼らがゴッチ-猪木ラインの直系の弟子であることの実に頼もしい証だったのだが、所詮はジュニアヘビー級である。師匠である猪木のジャーマンとは一発の重みと有り難味が違う。
だが、両者の美しいフィニッシュホールドを見るにつけ、猪木のジャーマン解禁への期待がむくむくと高まっていったのは事実である。

そんな頃、猪木は突如マスクド・スーパースターとの賞金vs覆面剥ぎマッチのフィニッシュで久々にジャーマンを出した。

「小林戦の時の首から落ちた後遺症でもうジャーマンは出来ないらしい」などと、まことしやかに事情通の友人が通ぶって語っていたのを憶えている。
友人の言う通りコンディションが悪いのか、あるいはスーパースターとの体格差故か、初めてリアルタイムで見た猪木のジャーマンは不格好だった。私が思い描いた、雑誌のグラビアで見た若き日の弧を描くような美しいブリッジを見ることは叶わなかった。

しかし、それまでの「もう二度と見られないかも知れない」という諦めと、こちらの想いの積み重ねと長い時間の溜めが混ざり合い、このフィニッシュを珠玉の瞬間にした。形の不格好さも「現在の猪木のありのままの姿」というリアリズムを十分に醸し出していたし、それを私はポジティブに解釈した。
もし普段から頻繁に猪木がこの技を濫発していたら、ここまでの期待と驚きとカタルシスは得られなかったであろう。

たとえ年月を経て様々な「真実」という名目の噂や裏情報を得たり、後から色々学習したとしても、その時の瞬間の私の感情は不変だし、何かを上書きして記憶を変質させる必要などないと思っている。それが過去の自分に対する誠実な態度でもある。



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