硬派の宿命・野望篇

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蕎麦の思い出

ここのところ込み入った作業が続いているので、昼飯は専ら近所のコンビニで済ましている。
最近のお気に入りはセブンイレブンの「おろし蕎麦」。

L1010401.jpg

しかし近年のコンビニ弁当はよくできている。
これなんて、甘い蕎麦粉の風味まで再現されたコシのある平たい手打ち風の麺が、その辺の立ち食いなどよりも遥かに美味い。

私も今となっては麺類の筆頭といえば蕎麦なのであるが、幼少時に大阪で育ったせいか子供の頃は家でも外でもうどんがスタンダードだった。

小学校入学と同時に東京の生家に戻り、再び同居することになった祖父が土日は自宅の1階で書道教室をやっていた。親父は滅多に家にいない男だったが、たまに土曜が休みだと半ドンで学校から帰って来る私を待ち構えて「おい、蕎麦喰いたくなった。爺さん婆さんに言ってこい」となる。親父は毎日毎食麺類でもいとわない麺好きなのだ。
で、私が階下へ行き、書道教室が終わり部屋を片付けている祖父母に向かい「おばあちゃん、お昼作るの面倒でしょ。だから今日は店屋物にしようよ」と伝える。そんなことが月に2度ほどあった。

片付けが終わり、2階の居間に祖父母を迎え昼飯の到着を待つ。近所には出前をする蕎麦屋が2件あり、それぞれの味や特徴でその日に注文する店を祖母と母が選んでいた記憶がある。
出前のバイクのエンジン音が聞こえてくるとわくわくした。ようやく遅い昼食にありつける。

その頃の私は専ら「カレーうどん」だった。
祖父母と親父はもり蕎麦、お袋はいつも暖かいタネ物の蕎麦、と各々の嗜好がほぼ決まっていた。

ある日、さっさと自分のカレーうどんを食べ終わってしまった私は、まだ物足りなくて蕎麦をすする祖父の姿を眺めていた。よほど私の視線に訴え掛ける何かがあったのか、祖父は「泰◯、すこし食べるか?」ともり蕎麦を分けてくれた。それまでもり蕎麦、ざる蕎麦は「大人の食べ物」という認識があったので敬遠していたのだ。見た目の色見も地味だし、大体なんでいちいちつゆにつけて喰わなきゃいけないんだ、メンドウくさい...とばかりに。

祖父のざるから蕎麦を取ってつゆにつけて食べてみた。冷たくてうまい。
結局、残りを全部食べてしまい、爺さんから呆れられた。育ち盛りなのだから仕方がない。

こうして蕎麦の美味さに目覚めた私は、以降友人たちと遊びに行った時に最寄り駅近くにある馴染みの「山田うどん」に入る際も、専ら蕎麦を頼むようになった。
何故かうどんの時は「きつね」と決めていたのだが、蕎麦の場合は「たぬき」にしていた。子供なりに妙な拘りがあったのだな...と思うと、我がことながら微笑ましい。

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