硬派の宿命・野望篇

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土曜の夜に

どうにか昼までに一仕事終わらせて鎌倉へ向かい、夕刻から関内へ移動する。どうしても行きたかった。どうしても行かなければ気が済まなかったのだ。

横浜野毛。いつもなら中華「三陽」でギョーザとネギトリを摘みにビールなのだが、この日ばかりは勝手が違う。迷わず向いの「萬里」へと直行する。

「日本で初めて餃子を出した店」と言われるこの北京料理店を知ることとなったのは、先日亡くなった平岡正明氏の著書『横浜的―芸能都市創成論』(青土社/93年)が契機だった(思えば元男娼のシャンソン歌手、元次郎氏の存在を知ったのも本書だった)。作曲者・エディ藩との「横浜ホンキートンク・ブルース」を巡る会話から。以下引用。


「ホンキートンク・ブルース」が野毛で出来たのは面白いですね、と俺は言った。
 横浜は野毛がいちばん面白いですよ、と藩広源(彼の本名)は言った。
 そうだ、横浜では野毛が面白い。彼の言うとおりだ。ポツリと彼が言ったことの年季がわかるまで俺は十年かかった。十年前には冗談だった。絵葉書的な横浜をとびきりキザに歌いつぐこの歌の元を、猥雑で、醤油くさくて、見映えのわるい野毛にはめてゆくはめ絵的な面白さを自分で笑っていただけだが、ハマに住むようになって、ガス灯風にデザインした街灯も、銀杏並木も、ブルーライトも、南蛮絵趣味たぷりの絵看板も、煉瓦と漆喰の西洋館もない野毛こそ横浜のヘソであると理解できるようになった。



後に「野毛大道芸」のプロデューサーとして尽力される氏である。それほどこの土地に対して愛着があり、そしてその魅力を知っていたのだろう。
本書のおかげで東京の辺境で生まれ育ち今も棲息している私でさえ影響されて、一般的にイメージされるであろう海側のモダンな「横浜的」な空間より、駅の反対側のネオン街の庶民的な雰囲気と、そこに潜む「闇」に親しみが持てるようになった。
さらに大岡川を西側へ行った京急のガード下や川沿いの娼婦たちに手招きされながら体感した極めてノワールな気分...私が描くモチーフのトーンが徐々に変化していったのもその頃からであろうか。

この日は生前の平岡氏が愛し推奨した"秘法19番「特別中華ランチ」"は注文しなかったが、焼餃子などの一品料理をつまみながら青島ビールで献杯する。
氏に対する、いちファンとしての私なりのささやかな弔いであった。


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横浜的―芸能都市創成論

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