硬派の宿命・野望篇

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芸能界に於けるロック的受け身

80年代半ば頃にPANTAが、その頃台頭してきたブルーハーツらを指して「俺らがせっせと開拓したけもの道を、あいつらは綺麗に舗装された後にやってきてAT車で走っているようなもの」なんて言ってたっけ...。

今はすっかり整備され確立されたものとなっている「日本のロックシーン」というジャンルだが、80年代はまだ「芸能界」に収束されてしまうものの一部で、歌謡曲、演歌、ニューミュージックなどとゴッチャに扱われていた。
当時の彼らが、どれほどライブハウスで観客を動員し、アンダーグラウンドシーンで大きな顔をしてようとも(そこから出て行く気のない者にとってこれらは関係のない話だが)一旦テレビ局のスタジオに入れば、スタッフ、共演者、そして興味のないお茶の間の視聴者からは単なる「新参者」扱いをされたのだった。何しろ情報が少なかったのだから仕方がない。

「夜ヒット」に出演する歌手は、まず誰もが番組冒頭の「歌唱リレー」に参加しなけらばならない。これは出演者の義務であり通過儀礼でもあった。これを敢行してようやく彼らはお茶の間からいっぱしの「芸能人」として認知されるのである。全国放送の電波に自身の演奏を乗せる代償として、不本意ながらも恥をかかねばならなかった(中にはまったく抵抗のない「利口」な者もいたが)。司会者とのくだらないやり取りもしかりである。

そして、其処で彼らがどんな立ち振る舞いを示すか、芸能界どっぷりの連中とは違ったどんな緊張感を表出させるかが、私にとっては見所だった。
何故ならば、その一点が彼らにとって、他者との差別化と自身のアイディンティティ、そして崇高なるオノレの美学を同時に示すもっともわかりやすい瞬間だったからだ。

当時の彼らは確実に「何か」に抵抗し闘っていた。そんな時代があった。





The Street Sliders in HIT STUDIO
http://www.youtube.com/watch?v=eEbqxcjhmlI








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