硬派の宿命・野望篇

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なんやかんやで

連日の「MySpace From JP.」と『TINA』の怒濤の作品発表ラッシュを経て、少し落ち着いております(無論、今後の展開もあれこれ思案してます)。

これまでどこかで記した記憶がありますけど、私の場合は作品を完成させた時点では「達成感」とか「充足感」というものはまったく感じないんです。
私の身体から離陸した作品が一人歩きし、世間にどのように伝播していくか、という点に興味があり、またその成り行きを見届けるのが楽しくて仕方がないのです。いつもこの繰り返し。

昔、抽象画を描いて定期的に個展をやってた頃は、こういう意識がなかった。
とにかく体内から湧き出てくる「何か」を無理矢理形にし提示する、ということだけを目的にしていた。すべての成り行きを「感性」とか「感覚」に委ねていたのだ。自意識ばかりが肥大して、外界との関わりは二の次だった。それは「創作」と呼ぶよりも「排泄」に近い行為だったかも知れない。

でもある時、その湧き出るべき「何か」がぴたっとなくなった。
おそらく私には「何かを表現したい」「自分はかくあるべき」という意識や責務感のみが先行して、内面から自然に発せられるような力が元々希薄だったのだと確信した。

以降、私はアプローチを変えました。
乾いた雑巾をいくら絞っても水は出てこない。ならばたっぷり水の張られたバケツなり風呂桶に放り込んで水を滲み込ませ、ひたひたにすればいいじゃないか...と。

で、今は雑巾を絞り切ってしまった状態。これから再び「外界」という荒海で塩辛い海水をたっぷりと吸い込んできます。

明日から8月かー。
今年の夏はちっとも夏らしくないな。もっとしっかりしろよ、夏。

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